こんにちは。Merch Life(マーチライフ)、運営者の「つむぎ」です。
あなたは今、大好きなはずの「推し」のことを考えると、同時に胸がギュッと締め付けられるような苦しさを感じていませんか?本来なら、私たちの毎日に彩りと活力を与えてくれるはずの推し活。しかし最近、Googleの検索窓に「推し活 マウント 疲れた」と打ち込んで、救いを求めている方が非常に増えています。
実は、私自身も過去に同じ経験をしました。推しのグッズを綺麗に並べて、それを眺めるのが至福の時間だったはずなのに、SNSを開けばタイムラインには「自分よりもっとすごい写真」「自分よりもっと高価なグッズの山」が溢れかえっている。それを見た瞬間、さっきまで感じていた幸せがシュルシュルと萎んでいき、代わりに「私なんて全然ダメだ」「愛が足りないのかな」という黒い感情が湧き上がってくる…。あの時の、なんとも言えない孤独感と自己嫌悪は、本当に辛いものですよね。
「みんな楽しそうなのに、どうして私はこんなにモヤモヤするんだろう?」
「純粋に応援したいだけなのに、数字や歴で殴り合うような空気に疲れてしまった」
もしあなたが今、こんな風に感じているのなら、それはあなたが「弱いファン」だからではありません。推し活という文化が過熱する中で、知らず知らずのうちに「比較」と「競争」の渦に巻き込まれ、心のSOSサインが出ているだけなのです。不安や嫉妬、そして焦りで推し活がしんどくなってしまう背景には、人間の普遍的な心理と、現代のSNS特有の構造が深く関わっています。
この記事では、私自身の経験も踏まえながら、推し活疲れを引き起こすマウントの正体やその心理的メカニズム、そして何より大切な「あなたの心」を守るための具体的な対処法について、じっくりとお話ししていきたいと思います。誰かと比べるのではなく、あなたらしいペースで、もう一度心から「好き」を楽しめるようになるためのヒントを持ち帰っていただければ嬉しいです。
- 推し活でマウントを取られて疲れてしまう心理的な原因と背景
- SNSで見かけるマウントの具体的な種類と、それぞれが心に与えるダメージ
- 他人との比較や嫉妬から距離を置き、自分の心を守るための実践的な方法
- 推し活を義務にせず、純粋に楽しむための「ゆる活」へのマインドセット切り替え術
推し活のマウントに疲れたと感じる主な原因と心理
推し活をしていて「疲れた」と感じる瞬間、その背後には必ずと言っていいほど「他者との比較」が存在します。特にSNSは、ファン同士が交流する楽しい場所であると同時に、無意識のうちに優劣を競い合ってしまう戦場のような側面も持っています。
ここでは、具体的にどのようなマウントが私たちの心を削っていくのか、そしてなぜ私たちはそこまで「比較」に苦しめられてしまうのか、その原因と深層心理について詳しく見ていきましょう。
推し活マウントの種類とお金や古参アピール
推し活界隈におけるマウントには、実に多様なバリエーションが存在します。中でも、視覚的に分かりやすく、多くの人がダメージを受けやすいのが「お金(経済力)」と「時間(応援歴)」に関するマウントです。
「祭壇」画像に心が折れる瞬間!グッズ・お金マウント
SNSのタイムラインで、推しの誕生日やCDの発売日に流れてくる圧巻の「祭壇」画像。同じCDが何百枚と積み上げられ、壁一面がグッズで埋め尽くされている写真を見て、あなたはどう感じますか?
「すごい!愛だなぁ」と素直に感心できる時はまだ元気な証拠です。しかし、心が弱っている時にこれを見ると、「これが私の愛!」という強烈なメッセージが、「これだけ買えないお前の愛は大したことない」という否定の言葉に変換されて聞こえてしまうことがあります。
これが「グッズ・お金マウント」です。投稿している本人に悪気がなくても、金額=愛の大きさという暗黙のルールが界隈に漂っていると、見る側は勝手に傷ついてしまいます。「私は生活費を切り詰めてやっと1セット買ったのに…」と、自分の経済状況と愛情を天秤にかけ、惨めな気持ちになってしまうのです。クレジットカードの請求額に怯えながら、「でも買わないとファンとしての格が下がる」という強迫観念に駆られ、無理な出費を重ねてしまう。これでは、推し活が生活を豊かにするどころか、生活を圧迫するストレス源になってしまいます。
ここがしんどいポイント
お金を使えることは素晴らしいことですが、それが「偉い」ことではありません。しかし、SNSの「いいね」の数がそれを称賛しているように見えるため、「お金を使えない自分=価値のないファン」という誤った自己認識を植え付けられやすくなります。
「歴=愛」という古い価値観の呪縛!古参アピール
次に厄介なのが、時間という絶対的な壁を使った「古参アピール(歴マウント)」です。
「昔のライブハウス時代は、推しとファンがもっと近くて温かかったな」「デビュー前のあの苦労を知らない新規ファンが増えて、現場の空気が変わっちゃった」
こういった、「昔を知っている私」と「今しか知らないあなた」を明確に区別する発言は、最近ファンになった人(新規)の心に深く突き刺さります。長く応援し続けてきたことは、間違いなく尊敬に値する素晴らしいことです。しかし、それを武器にして「新参者は何もわかっていない」「ニワカが語るな」という排他的な態度を取られると、新規ファンは為す術がありません。
どれだけ熱量を持って応援しても、過去の時間だけは絶対に取り戻せないからです。「私は永遠に古参には勝てないんだ」「歴史を知らない自分は、ファンとして不完全なんだ」という無力感は、推しへの情熱に冷や水を浴びせます。本来、好きになったタイミングに貴賤はないはずなのに、歴マウントはこの大原則を揺るがし、純粋な「好き」という気持ちを萎縮させてしまうのです。
ファンサや容姿マウントで自信を失う瞬間
ライブやイベントは推し活のハイライトであり、最高の思い出になるはずの場所です。しかし、そんな楽しい場所でさえも、マウントの影は忍び寄ります。むしろ、リアルな現場だからこそ感じる劣等感は、より強烈な痛みとなって心に残ることがあります。
ライブ後の「確定ファンサ」報告地獄
ライブ終了後、興奮冷めやらぬ中でSNSを開くと、そこには「ファンサ報告」の嵐が待っています。
「アリーナ最前で〇〇くんと3秒も見つめ合っちゃった…死ぬ」「私に向かって指差しして『ありがとう』って言ってくれた(泣)」
これを「ファンサ・認知マウント」と呼びます。もちろん、本当にファンサをもらえて嬉しくて報告しているだけの人が大半でしょう。ですが、遠くの席でモニター越しに推しを見ていた自分や、必死にアピールしたのに目が合わなかった自分と比較して、「なんで私だけ…」と落ち込んでしまうのは自然な感情です。
さらに、「推しに名前を覚えられてるから、入った瞬間『あ!』って顔された」といった認知マウントに至っては、もはや住む世界が違うとすら感じさせられます。「他のファンに先を越された」「私はその他大勢のモブなんだ」という強烈な疎外感は、楽しかったはずのライブの記憶さえも苦いものに変えてしまいます。
現場はファッションショーじゃない?容姿マウントの圧
最近特に顕著なのが、「容姿マウント(美人マウント)」です。SNSに投稿される、プロのモデル顔負けに加工された自撮り写真や、「推しに会うから美容院とネイル行って、服も新調して完璧!」というキラキラした投稿たち。
推しのために可愛くなりたいという努力は素敵ですが、それが過熱すると「可愛くないファンは推しの隣に立つ資格がない」といった、歪んだプレッシャーを界隈全体に発信することになります。「現場で一番目立ってたのは私」「あの子より私の方が推しに似合う」といった、無言の品評会がSNS上で行われているように感じてしまうのです。
「私はあんなに可愛くないし、スタイルも良くない…」「推しに見られるのが恥ずかしい」
そんな風に、本来の目的である「推しを見ること」よりも、「周りのファンからどう見られるか」を気にしてしまい、現場に行くこと自体が恐怖になってしまう人も少なくありません。自己肯定感を高めるはずの推し活で、逆に容姿へのコンプレックスを刺激され、自信を喪失してしまう。これは非常に辛い悪循環です。
マウントの連鎖と承認欲求
容姿マウントをする人も、実は「自分を見てほしい」「価値があると思いたい」という強い不安を抱えていることが多いです。SNSでの「いいね」や「可愛い」というコメントを燃料にして、なんとか自我を保っているケースも少なくありません。
知識や現場数マウントによるSNS疲れの実態
「推し活」における正義が、いつの間にか「愛」ではなく「データ(知識量や参加数)」にすり替わっていることはありませんか?数値化できる実績こそが正義とされる環境では、常にテストを受けているような緊張感が漂います。
「にわか」認定への恐怖と発言の萎縮
「知識・考察マウント」は、じわじわと精神を削ってくるタイプです。推しの過去のインタビュー発言、楽曲の制作秘話、関係者の相関図など、膨大な知識を披露し、「ここまで深く理解している私が正解」という空気を醸し出す投稿。
例えば、あなたが軽い気持ちで「新曲のこの歌詞が好きだな〜」と呟いたとします。すると、「その歌詞は実は3年前の〇〇という曲のアンサーソングで、当時の推しの心境を考えると〜」といった、頼んでもいない長文の解説リプライ(通称:クソリプ)が飛んでくることがあります。あるいは、「それは解釈違いですね」「もっと調べてから発言した方がいいですよ」と、冷たく訂正されることも。
こうなると、怖くて何も言えなくなります。「間違ったことを言ったら叩かれる」「知識がない自分は発言権がない」と萎縮し、SNSを見るのも書くのも苦痛になってしまいます。好きなものを好きと言うために、なぜ予習や試験勉強が必要なのでしょうか?
地方全通・海外遠征勢への劣等感
そして、多くの人を物理的にも精神的にも追い詰めるのが「参戦数マウント(現場マウント)」です。
「全ステ(全公演参加)コンプリート!」「今から夜行バスで次の会場へ移動!」といった、超人的なバイタリティを見せつける投稿。時間と体力、お金をすべて推しに捧げられる人のエネルギーは凄まじいものがあります。
しかし、仕事や学業、家庭の事情、あるいは地方在住などの理由で、年に数回しか行けない、あるいは一度も現場に行けない人にとって、これらの投稿は「自分は何もできていない」という罪悪感を植え付けるトリガーになります。「行けない私は熱量が足りないのかも」「本当は無理してでも行くべきだったのかな」と、自分の環境を呪い、行けなかった公演の楽しそうなレポートを見るたびに、胸が張り裂けそうになる。
実は、総務省の調査などでも、SNSの利用時間が長い青少年ほど、他人と自分を比較して「疲労感」や「イライラ」を感じやすい傾向があることが示唆されています(出典:総務省『我が国における青少年のインターネット利用に係る調査結果』)。推し活においても、他人の華やかな活動記録(=現場数)を常に見せつけられることで、自分の活動が色褪せて見えてしまう「比較疲れ」が起きているのです。
「現場至上主義」の罠
「現場に行く回数が多い=偉いファン」という価値観に縛られると、在宅で応援することに罪悪感を抱くようになります。しかし、応援の形は人それぞれであり、生活を壊してまで参加する必要はどこにもありません。在宅でDVDを見るのも、立派な推し活です。
推し活の嫉妬や比較で自己嫌悪に陥る心理
ここまで色々なマウントの種類を見てきましたが、結局のところ、私たちが一番疲れてしまう要因は、他人の言動そのものよりも、それによって引き起こされる「自分の中のドロドロした感情」にあります。
推しの幸せより自分の感情を優先してしまう罪悪感
「あの人はあんなにグッズを買えていいな」「毎回神席で羨ましい」「ファンサもらっててズルい」。
そんな嫉妬心は、人間なら誰しも持っているものです。決してあなたが性格が悪いわけではありません。でも、推し活においては、その嫉妬が「推しの幸せを願う気持ち」と矛盾するように感じて、余計に苦しくなるんですよね。
「他のファンが幸せなら、推しも喜ぶはずなのに、それを喜べない私は心が狭い」
「推しの笑顔を見たいはずなのに、同担への嫉妬ばかり浮かんで、推しを直視できない」
こうやって自分を責めるループに入ってしまうと、自己肯定感はどんどん下がっていきます。「私はファン失格だ」という自己嫌悪。本当は楽しくて始めたはずなのに、SNSを開くたびに「自分はダメだ」「持っていない」という欠落感ばかり突きつけられる。この内側から湧き出るネガティブな感情の処理に疲れてしまうことが、「推し活疲れ」の核心部分と言えるでしょう。
同担拒否やファン同士の衝突で疲弊する理由
推し活の疲れを加速させるもう一つの要因が、ファン同士の複雑な人間関係、特に「同担拒否」や「派閥争い」です。
学級会・炎上に巻き込まれるストレス
SNSでは時折、「学級会」と呼ばれるファン同士の衝突や炎上が発生します。「あのファンのマナーが悪かった」「あの発言は許せない」といった晒し行為や批判合戦。まるで学校のいじめや学級会のような光景が、大人の世界でも繰り広げられます。
自分は関係なくても、タイムラインが誰かの悪口や批判、攻撃的な言葉で埋め尽くされているのを見ると、精神的にゴリゴリと削られていきます。HSP(ハイリー・センシティブ・パーソン)気質の方などは、他人の争いを見るだけで自分のことのように傷ついてしまうこともあります。
「同担=敵」という殺伐とした世界観
また、「同担拒否」というスタンスも、過剰になるとストレスの元になります。「私の推しだから勝手に名前呼ばないで」「にわかが語るな」といった排他的な空気感は、界隈全体をピリピリさせます。
本来、同じ「好き」を共有できる仲間であるはずのファン同士が、敵対視したり監視し合ったりする環境。これでは心が休まる暇がありません。「推しは尊いのに、ファン同士の関係が面倒くさい」「トラブルに巻き込まれたくなくて、何も発信できなくなった」。推し活が「癒やしの場」から「戦場」に変わってしまった時、人は深い疲れを感じ、離脱を考えるようになるのです。
推し活のマウントで疲れた時の効果的な対処法
「推し活が辛い」「もうSNSを見るのが怖い」。もし今、あなたがそんな風に感じているなら、それは心が「休憩したい」と叫んでいる緊急サインです。無理をして走り続ける必要はありません。
ここからは、マウント合戦の戦場から距離を置き、傷ついた心をケアして自分のペースを取り戻すための具体的な対処法をご紹介します。これらは、私自身も実践して効果を感じた、心を守るための防衛術です。
SNSと距離を置く対処法とミュート活用術
一番即効性があり、かつ確実に心を守れる方法は、やはり物理的に情報を遮断することです。SNSは便利なツールですが、同時に無防備な心に土足で踏み込んでくる「情報の洪水」でもあります。
物理的な遮断が最強の防御
まず、Twitter(X)やInstagramの「ミュート機能」を徹底的に活用しましょう。ブロックするのは気が引けるという人でも、ミュートなら相手にバレずに自分の視界から消すことができます。
特定のキーワード(「全通」「神席」「ファンサ」「積む」など、自分がモヤッとする言葉)をミュート設定にしておくだけで、タイムラインが驚くほど平和になります。苦手なアカウントをブロックやミュートすることに罪悪感を持つ必要は全くありません。あなたのタイムラインは、あなたの部屋と同じプライベートな空間です。そこに居心地の悪いものを置いておく義務はないのです。
| 機能 | おすすめの使い方・設定例 |
|---|---|
| ワードミュート | 「全ステ」「積み」「繋がり」「確定ファンサ」「〇〇枠」など、マウントや競争を連想させる単語を片っ端から登録し、非表示にする。 |
| アカウントミュート | マウントが多い人だけでなく、「良い人だけど、見ていて自分が惨めになる人(キラキラしすぎている人)」も一時的にミュートする。心が回復したら解除すればOK。 |
| リスト活用 | 公式アカウントや、信頼できる穏やかな友人だけを入れた「平和なリスト」を作成し、普段はそこだけを見るようにする。メインのタイムライン(おすすめタブ)は見ない。 |
SNS断ちのすすめ
また、思い切って「SNS断ち」をする日を作るのも非常に効果的です。「今日はスマホで推しの情報を追わない日」「ライブの翌日はSNSを見ない」と決めて、通知をオフにする。最初は「重要な情報を見逃すかも」と不安になるかもしれませんが、やってみると案外困らないものです。情報の渦から離れることで、他人と比較していた思考が強制的にリセットされ、「自分は自分」という感覚を取り戻しやすくなります。
推し活をやめたいと思う前に試すゆる活
「疲れたから、もう推し活自体をやめようかな…」と白黒思考で極端に考えてしまう前に、一度応援のスタイルを「ダウンシフト」してみませんか?おすすめなのが、あえて頑張らない「ゆる活」へのシフトです。
「推し活」の定義を自分で書き換える
「全情報網羅」「グッズ全買い」「イベント全通」といった完璧主義を捨てて、「気が向いた時だけ見る」「本当に心から欲しいグッズだけ買う」というスタイルに変えてみるのです。
これを「茶の間ファン」と呼んで下に見る人もいるかもしれませんが、自宅で自分のペースで応援するのも、立派で尊い推し活です。誰かに証明する必要なんてありません。あなたの推し活は、あなたのためにあるのですから。
在宅・茶の間だからこそ見える景色
私の場合、グッズ購入に「月の上限予算」や「収納スペースに収まる分だけ」というマイルールを設けています。マーチライフでも発信しているように、手持ちのグッズを「増やす」ことよりも、今あるグッズをいかに愛着を持って「綺麗に飾るか」という方向に情熱を向けると、「量」によるマウントが不思議と気にならなくなります。
「持っていないもの」を数えて嘆くより、「今ある大切なもの」を丁寧に愛でる方が、精神衛生上ずっと良いですし、推しへの感謝の気持ちも湧いてきます。自分の部屋で、お気に入りのアクリルスタンドをひとつ、最高に可愛く飾ってみてください。それだけで、十分幸せな気持ちになれるはずです。
「ゆる活」のすすめ
「今日は推しの動画を見ないで早く寝る」という選択も、推し活を長く続けるための立派な戦略です。無理をしないことが、結果的に「好き」を持続させる秘訣になります。「細く長く」愛することの価値を再確認しましょう。
マウントを気にしないための考え方とスルースキル
それでも、マウントをとってくる人の投稿を見てしまった時、どう心を保てばいいのでしょうか。ここで大切なのは、相手の行動の裏にある心理を見抜き、視点を変えることです。
マウントを取る人の「不安」を見抜く
実は、過剰にアピールする人ほど、自信がなくて不安なケースが多いと言われています。「すごいと思われたい」「誰かに認めてほしい」「自分は特別なファンだと確認したい」。そんな強い承認欲求が、推し活という形を借りて暴走しているだけかもしれません。
そう考えると、マウント投稿も「私すごいでしょ!」という攻撃ではなく、「私を見て!私の価値を認めて!」という悲痛な叫びに見えてきませんか?「この人も、推し活で自分の存在意義を確かめようと必死なんだな…」と、少し冷めた目、あるいは哀れみの目で見られるようになると、受けるダメージは激減します。
反応しないことが最大の攻撃であり防御
そして、最強の防御策は「完全スルー(無視)」です。
マウントを取る人は、相手からの反応(「羨ましい!」「すごい!」あるいは嫉妬の言葉)を求めています。あなたが張り合ったり、落ち込んだりする反応を見せると、相手は「効果があった」と感じて余計にヒートアップします。
「へー、そうなんだ」「よかったね(棒)」くらいの気持ちで、心の中でシャッターを下ろしましょう。物理的にも、「いいね」を押さない、コメントしない。無反応でいることは、自分を守ると同時に、相手に「私にマウントは通用しません」と無言で伝えることにもなります。
「人は人、自分は自分」。この言葉を呪文のように唱えてみてください。他人がどれだけお金を使おうが、どれだけ現場に行こうが、あなたの推しへの「好き」という気持ちの価値は、誰にも傷つけられないし、1ミリも変わりません。
他の趣味に目を向けて推し活疲れを癒やす方法
推し活に疲れた時は、あえて「推しとは全く関係のない世界」に逃げ込むのも非常に有効です。
依存先を分散させるポートフォリオ理論
推し活一本に人生の全てを依存していると、そこで何か嫌なことがあると、人生全てが否定されたような絶望的な気分になってしまいます。これは精神的にとてもリスクが高い状態です。だからこそ、心の避難場所(依存先)をいくつか持っておくことが大切です。
自分自身を主役にする時間の使い方
例えば、料理やカフェ巡り、読書、資格の勉強、あるいは筋トレやヨガなど、「自分が主役になれる趣味」を持ってみましょう。推しのためではなく、自分のために時間やお金を使い、自分自身が成長したり、心地よくなったりする経験を積み重ねるのです。
「今日は推しのことを考えずに、美味しいコーヒーを豆から挽いて淹れることだけに集中する」。
「今日はジムで汗を流して、自分の体をいたわる」。
そんな時間が、疲れた心を驚くほどリフレッシュさせてくれます。別の世界で小さな達成感や充実感を得られると、推し活の界隈で起きているマウント合戦や人間関係のトラブルが、とてもちっぽけで些細なことのように思えてくるはずです。少し距離を置いて、外の空気を吸ってから戻ってみると、また新鮮な気持ちで「やっぱり推しが好きだな」と思えるようになるかもしれません。
推し活のマウントに疲れたら自分のペースを取り戻そう
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます。
推し活におけるマウントや人間関係の悩みは、あなたが推しを真剣に好きだからこそ生まれる、切実な悩みでもあります。でも、その「好き」という気持ちが原因で、あなたが傷ついたり、推し活自体を嫌いになってしまっては本末転倒です。
誰かの基準に合わせる必要なんて、これっぽっちもありません。
グッズが少なくても、現場に行けなくても、知識が浅くても、あなたが推しを見て「素敵だな」「明日も頑張ろう」と心が温かくなるなら、それは間違いなく「最高の推し活」です。
SNSでの比較に疲れたら、そっと画面を閉じてください。そして、手元にあるお気に入りのグッズを眺めたり、好きな曲を聴いたりして、あなただけの世界に浸ってください。大切なのは、他人の評価やマウントではなく、あなた自身の「心地よさ」と「笑顔」です。
無理せず、焦らず、あなたらしいペースで。大好きな推しとの時間を、どうかこれからは「あなたのために」楽しんでいってくださいね。あなたの推し活が、再びキラキラとした幸せな時間になることを、心から応援しています。



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