推し活は何も残らない?虚無感の正体と後悔しないための向き合い方

日常

こんにちは。Merch Life(マーチライフ)、運営者の「つむぎ」です。

ふと我に返った瞬間に、これまで熱中してきた推し活をしていても何も残らないのではないか、という深い不安に襲われることはありませんか。あんなに楽しかったはずのライブやイベントの帰り道、費やしたお金や時間について考えて急に後悔の念が押し寄せたり、手元に残った大量のグッズを見て虚しさを感じたりすることもあるかもしれません。また、同世代の友人の結婚やキャリアアップと自分を比較して、将来への焦りを感じ、もう推し活をやめたいと考えてしまうこともあるでしょう。しかし、そうした虚無感や推し活疲れを感じて悩んでいるのは、決してあなただけではありません。

推し活は、私たちの毎日に彩りと活力を与えてくれる素晴らしい趣味です。しかし、その熱量が高ければ高いほど、ふとした瞬間に訪れる「賢者タイム」のような冷静な時間とのギャップに苦しむことがあります。「私は一体、何のためにこれほど必死になっているのだろう?」「この先、推しが引退したら私には何が残るのだろう?」という問いかけは、真剣に向き合ってきたからこそ生まれる悩みでもあります。この記事では、そんな心のモヤモヤを解消し、あなたが再び心から笑顔で過ごせるようになるためのヒントをお届けします。

  • 推し活における虚無感や後悔が生まれる心理的な原因とメカニズム
  • お金や時間の使い方を見直し健全な推し活ライフを取り戻す方法
  • 推し活を通じて得られるスキルや経験を人生のプラスに変える視点
  • 「何も残らない」という不安を解消し自分のペースで楽しむための指針
  1. 推し活で何も残らないと後悔する心理的要因
    1. 推し活にお金を使いすぎて貯金がない不安
      1. 「実質無料」という魔法の言葉の代償
      2. 数字で見る現実と将来へのリスク
    2. 大量のグッズ処分に困り虚しさを感じる
      1. 部屋を圧迫する段ボールの山
      2. 買取価格の暴落で知る「市場価値」
    3. 義務感による推し疲れで楽しみが消える
      1. 「推しは推せるときに推せ」の呪縛
      2. SNSでのマウント合戦と疲弊
    4. 推し活をやめたいけれど裏切りたくない葛藤
      1. 「担降り」を許さない空気感
      2. 自分の人生の主導権を取り戻す
    5. 周囲の結婚や将来と比較して感じる焦り
      1. タイムラインの格差に心が折れるとき
  2. 推し活が何も残らない状態を脱却する対処法
    1. 一度距離を置いて冷静に自分を見つめ直す
      1. デジタルデトックスで情報の洪水を止める
      2. 「推し」以外に目を向けるリハビリ期間
    2. 予算を決めて無理のない範囲で応援する
      1. 感情に流されないための「先取り予算」
      2. 「全通」ではなく「一点豪華主義」へ
    3. 推し活で得たスキルや経験を仕事に活かす
      1. その活動は立派な「実務経験」になる
      2. 好きを形にするクリエイティブな力
    4. 仲間との出会いや思い出を心の財産にする
      1. 利害関係のない純粋な友人関係
      2. 記憶という財産は誰にも奪えない
    5. 推し活で何も残らないかは自分の行動次第
      1. 受け身の消費から能動的な体験へ
      2. 未来の自分が笑顔でいられる選択を

推し活で何も残らないと後悔する心理的要因

「あんなに楽しかったのに、なぜ急に虚しくなってしまったんだろう」と、自分自身の感情の変化に戸惑うことはありませんか。推し活に全力投球している最中は見えなかったものが、ふとした瞬間に現実として突きつけられることがあります。ここでは、多くの人が「推し活は何も残らない」と感じてしまう主な心理的要因について、私自身の経験も交えながら深掘りしていきます。

推し活にお金を使いすぎて貯金がない不安

推し活において最も直接的で、かつ深刻な悩みの種となるのが「お金」の問題です。ライブのチケット代、遠征のための交通費や宿泊費、そして発売されるたびにコンプリートしたくなるグッズ代。推しを応援したいという純粋な気持ちで支払っているときは、「これは必要な投資だ」「推しへの愛はお金で証明するもの」と自分に言い聞かせていることが多いものです。しかし、クレジットカードの請求額が確定した瞬間や、通帳の残高を見たときに、現実が一気に押し寄せてきます。

「実質無料」という魔法の言葉の代償

ファンの間ではよく「この満足度なら実質無料」という冗談交じりの言葉が使われます。確かに、その瞬間に得られる幸福感はプライスレスかもしれません。しかし、現実は非情です。口座からは確実に現金が引き落とされ、将来のための蓄えは増えるどころか減っていきます。「毎月これだけの金額を使っているのに、手元に資産として残っているものは何もないのではないか」という恐怖にも似た不安は、ボディブローのように効いてきます。

数字で見る現実と将来へのリスク

特に、将来のために貯金をしている友人や、堅実に生活設計を立てている同僚の話を聞いたときに、その不安はピークに達します。実際、20代の単身世帯において金融資産を持たない(貯蓄ゼロ)人の割合は決して低くありません。

(出典:金融広報中央委員会『家計の金融行動に関する世論調査[単身世帯調査]』)によると、20代の約4割が金融資産を保有していないというデータもあります。しかし、「みんなそうだから大丈夫」と安心できるものではありません。「推しの笑顔が見られればそれでいい」と思っていたはずなのに、自分の生活基盤が揺らいでいる事実に気づいたとき、推し活そのものが「浪費」というネガティブなレッテルに変わってしまうのです。

将来への不安が増大する瞬間

推し活費用のために食費を削ったり、友人の誘いを断ったりするなど、日常生活に支障が出始めたときは要注意です。また、リボ払いやキャッシングに手を出し始めたら、それは赤信号です。「楽しむための推し活」が「生活を圧迫する借金の原因」へと変化してしまえば、残るのは思い出ではなく、返済という重荷だけになってしまいます。

大量のグッズ処分に困り虚しさを感じる

部屋を見渡すと、推しのアクリルスタンド、缶バッジ、ポスター、そして特典のクリアファイルなどが所狭しと並んでいませんか? 推しへの愛の深さは、時としてグッズの量で表現されることがあります。集めているときは、コレクションが増えていくことに達成感や至福を感じるものです。しかし、ふと冷静になったとき、その大量の「モノ」が自分を圧迫していることに気づくことがあります。

部屋を圧迫する段ボールの山

特に、推しへの熱量が少し落ち着いたタイミングや、引っ越しなどのライフイベントで荷物を整理しなければならないときに、この問題は顕在化します。未開封のまま段ボールに詰め込まれたグッズたち。「この大量のグッズ、もし私が推し活を辞めたらどうなるんだろう?」と考えたとき、それらが急に「処分に困る不用品」に見えてしまう恐怖があるのです。部屋のスペースは有限であり、家賃というコストもかかっています。推しのグッズに囲まれて幸せだったはずの空間が、いつの間にか物理的な圧迫感を与える空間に変わってしまうのです。

買取価格の暴落で知る「市場価値」

グッズの価値は流動的かつ残酷

購入時は定価以上で取引されていたレアグッズも、時間が経てば価値が下がることがほとんどです。いざグッズ買取ショップに持ち込んでも、購入価格の10分の1以下、時には「値段がつかない」と言われることも珍しくありません。「資産になる」と思って購入したものが、実際には二束三文にしかならない現実に直面したとき、喪失感はより深くなります。

また、「これだけの金額をこのグッズたちに費やしたけれど、今の自分に何が残っているんだろう」という問いかけは、非常に心に重くのしかかります。一生懸命集めたグッズが、段ボールの中で埃をかぶっているのを見たとき、「私の推し活って何だったんだろう」という虚しさが込み上げてくるのです。モノ自体は残っていても、そこに「今の自分の幸せ」を見出せなくなったとき、人は「何も残らなかった」と感じてしまいます。

義務感による推し疲れで楽しみが消える

推し活を始めた当初は、推しの姿を見るだけで幸せで、どんな情報も逃したくないというワクワク感に満ちていたはずです。しかし、活動期間が長くなるにつれて、いつの間にか「応援しなければならない」「すべての情報を追わなければならない」「グッズは全種類買わなければならない」という義務感に支配されてしまうことがあります。

「推しは推せるときに推せ」の呪縛

この界隈でよく耳にする「推しは推せるときに推せ」という言葉。これは本来、後悔しないように全力で応援しようというポジティブな意味ですが、時として「休むことは悪」「手を抜くことは裏切り」というプレッシャーに変換されてしまいます。「私が買わなければ推しのランキングが下がる」「私が現場に行かなければ席が埋まらない」といった過度な責任感を感じ始めると、推し活は楽しみではなく、終わりのないマラソンのような苦行になってしまいます。

SNSでのマウント合戦と疲弊

SNSの普及により、他のファンの動向が可視化されやすくなったことも、この「義務感」を加速させる要因の一つです。「あの人は全公演参加している」「あの人はグッズをこんなに積んでいる(大量購入している)」といった他人の行動と自分を比較し、「自分も同じくらい頑張らなければ、ファン失格だ」と思い込んでしまうのです。

「推し活」が「推し仕事」になっていませんか?

  • 情報のチェックが日課になり、少しでもスマホを見られないと不安になる
  • 推しの供給(新曲やイベント発表)に対して、喜びよりも「またお金がかかる」「日程調整が面倒」という疲労感を先に感じる
  • SNSでの反応や「いいね」の数を気にして、本心ではない賞賛の言葉を投稿している

義務感で動いているとき、心は常に疲弊しています。「疲れているのにやめられない」という状態が続くと、ある日突然プツンと糸が切れたように燃え尽きてしまいます。そして、その燃え尽きた後に残るのは、「なぜあんなに必死になっていたんだろう」という空虚感だけです。楽しみが消え、疲労だけが残る推し活は、結果として「何も得られなかった」という感覚を強く残してしまうのです。

推し活をやめたいけれど裏切りたくない葛藤

「そろそろ推し活を卒業して、自分の生活にお金を使いたい」「もう以前のような熱量は持てないかもしれない」。そう心のどこかで感じ始めていても、なかなか推し活をやめる決断ができない人がいます。そこには、「推しを裏切ることになるのではないか」という強い罪悪感や葛藤が存在します。

「担降り」を許さない空気感

特に、推しが「ファンのみんなのおかげで頑張れる」「これからもついてきてほしい」といった言葉を発信している場合、その言葉が呪縛のように心に残り、離れることを許さないような気持ちにさせます。また、ファンコミュニティ内での人間関係もブレーキとなります。「一緒に応援しようね」「ずっと一緒だよ」と誓い合った仲間を置いて自分だけ抜けることへの気まずさや、裏切り者と思われるのではないかという恐怖が、足を止めさせるのです。まるで宗教から抜け出せないような閉塞感を感じることもあるでしょう。

自分の人生の主導権を取り戻す

しかし、自分の気持ちに嘘をつきながら続ける推し活ほど、苦しいものはありません。「やめたい」という本音と「やめてはいけない」という建前の板挟みになっている状態は、精神的に大きなストレスとなります。この葛藤を抱えたまま時間だけが過ぎていくと、「自分の人生を生きている感覚」が薄れていき、最終的に「推しのために自分の時間を犠牲にしただけで、私には何も残らなかった」という恨みにも似た感情を抱くことになりかねません。推しはあなたの人生の責任を取ってはくれません。自分を守れるのは自分だけなのです。

周囲の結婚や将来と比較して感じる焦り

20代後半から30代にかけて、周囲の友人たちが次々と結婚したり、出産したり、あるいはマイホームを購入したりと、ライフステージを変化させていく時期が訪れます。SNSを開けば、結婚式の幸せそうな写真や、子供の成長記録、充実した家庭生活の様子が流れてきます。一方で、自分のSNSのタイムラインは推しの情報や現場のレポばかり。

タイムラインの格差に心が折れるとき

この対比を目の当たりにしたとき、「私は今まで何をやっていたんだろう」という強烈な焦燥感に襲われることがあります。「みんなが着実に人生の基盤を築いている間に、私は推しという幻想にお金と時間を費やして、現実の幸せを逃してしまったのではないか」という後悔です。もちろん、人の幸せは人それぞれであり、結婚だけがゴールではありません。多様な生き方が認められる時代です。しかし、頭ではそう分かっていても、世間一般の「幸せの形」と現在の自分とのギャップに、心が揺さぶられてしまうのです。

隣の芝生は青く見える

他人のSNSは、その人の人生の「ハイライト」に過ぎません。その裏には苦労や悩みがあるはずですが、画面上にはキラキラした部分しか映りません。自分が弱っているときは、他人の幸せが眩しく見えすぎてしまい、自分のこれまでの選択(推し活)を全否定したくなってしまうものです。

この焦りは、「推し活=現実逃避」という認識を強め、「現実には何も残らない無駄な時間だった」という結論を自分の中で急がせてしまいます。他者との比較によって生まれた劣等感は、推し活で得てきたはずの楽しかった思い出さえも塗りつぶしてしまうほど強力な毒となり得るのです。

推し活が何も残らない状態を脱却する対処法

ここまで、推し活で虚無感を感じてしまう原因を見てきましたが、それでは推し活は本当に「何も残らない」無益なものなのでしょうか? 私はそうは思いません。視点を変え、行動を少し変えるだけで、これまでの経験はかけがえのない財産に変わります。ここからは、推し活による虚無感を乗り越え、自分自身の人生を豊かにするための具体的な対処法をご紹介します。

一度距離を置いて冷静に自分を見つめ直す

もし今、あなたが推し活に対して辛さや虚しさを感じているなら、まずは勇気を持って「推し活休暇」を取ることをおすすめします。完全にやめる必要はありません。「担降り」宣言をする必要もありません。情報を遮断する期間を数日間、あるいは数週間設けてみるだけで良いのです。

デジタルデトックスで情報の洪水を止める

SNSの通知をオフにし、推しの情報を見ない時間を作ることで、強制的に「自分自身」と向き合う時間が生まれます。タイムラインを追うのに使っていた時間を、読書や映画鑑賞、あるいはただゆっくりとお風呂に入るといった「自分のためのケア」に使ってみてください。推しがいなくても世界は回り、自分の生活は続いていくことを実感することが大切です。

「推し」以外に目を向けるリハビリ期間

距離を置くことで見えてくるもの

  • 本当に自分が推しのことを好きなのか、それとも依存していただけなのかが分かる
  • 義務感でやっていた行動(いいね回りや情報の拡散など)に気づき、手放すことができる
  • 推し活以外の楽しみや、自分の人生で大切にしたいことが再確認できる

距離を置くことで、「推しのため」ではなく「自分のため」の時間を取り戻すことができます。冷静になった上で、「やっぱり推しが好きだ」と思えれば、以前よりも健全な距離感で応援を再開できるでしょうし、逆に「もう十分だ」と思えれば、自然な形で卒業への一歩を踏み出せるはずです。空白の期間を作ることは、決して逃げではなく、心を整えるための前向きな戦略です。

予算を決めて無理のない範囲で応援する

「何も残らない」と感じる最大の要因である「金銭的な後悔」を解消するためには、徹底した予算管理が必要です。「使えるだけ使う」のではなく、「今の自分の生活レベルで、心から笑って出せる金額」をあらかじめ設定しましょう。

感情に流されないための「先取り予算」

具体的には、「推し活専用の口座」を作り、毎月決まった額だけを入金し、その範囲内だけでやりくりするという方法が有効です。例えば「月3万円まで」と決めたら、何があってもそのラインは死守します。クレジットカードを使う場合も、利用限度額を低く設定するか、デビットカードのように即時引き落としされるものを利用して、使いすぎを防ぎます。給料が入ったらまず貯蓄分を別口座に移し、残ったお金の中で推し活費を捻出するという順序を守るだけで、精神的な安定感は劇的に変わります。

「全通」ではなく「一点豪華主義」へ

費目見直しポイント
グッズ代「全種類コンプリート」をやめ、日常で使える実用的なものや、本当にデザインが気に入ったものだけを厳選する。
遠征費全公演参加(全通)を目指さず、自分の居住地に近い公演や、千秋楽などの特別な記念公演だけに絞り、その分現地の観光やグルメも楽しむ。
円盤(CD/DVD)特典目当ての複数枚購入(積む行為)をやめ、1枚だけ購入して大切に鑑賞する。浮いたお金は自分磨きや貯蓄に回す。

制限を設けることは、決して推しへの愛を減らすことではありません。むしろ、「限られた予算の中でどう楽しむか」を工夫することで、一つ一つのイベントやグッズに対する感謝や愛着が深まります。惰性でお金を使うのではなく、意思を持ってお金を使うこと。自分の生活を犠牲にせず、余剰資金で楽しむことができて初めて、推し活は「人生の彩り」として長く続けられるものになります。

推し活で得たスキルや経験を仕事に活かす

「推し活は何も残らない」というのは、実は思い込みかもしれません。あなたがこれまでの推し活で培ってきたスキルや経験を、一度棚卸ししてみてください。意外なほど多くの能力が身についていることに気づくはずです。

その活動は立派な「実務経験」になる

例えば、遠征のために交通手段や宿泊先を安く効率的に手配する能力は「調整力」や「リサーチ力」といえます。急なスケジュール変更に対応する柔軟性も養われているでしょう。ファン同士の交流会(オフ会)を幹事としてまとめた経験は、立派な「コミュニケーション能力」や「マネジメント能力」です。これらは社会人として非常に重要なスキルです。

好きを形にするクリエイティブな力

推し活スキル転用の例

実際に、推し活で培ったSNS運用スキル(どうすればバズるか、どういう画像が魅力的に見えるか)を活かしてWebマーケティングの仕事に就いたり、同人誌やファンアート制作で得たDTP・デザインスキルを活かしてデザイナーになったりする人もいます。また、Merch Lifeのように、推し活の経験そのものをブログやYouTubeで発信し、収益化につなげている人も少なくありません。

自分が熱中して取り組んできたことは、決して無駄にはなりません。「ただの遊び」と切り捨てず、「自分が何を得たか」という視点で振り返れば、それは立派なキャリアや実績の一部になり得るのです。履歴書には書けなくても、あなたの中に蓄積されたノウハウは、必ずどこかで役に立ちます。

仲間との出会いや思い出を心の財産にする

モノとしてのグッズや、数字としての貯金は減ったかもしれません。しかし、推し活を通じて出会った「人」との繋がりは、何にも代えがたい財産です。共通の話題で盛り上がり、時には励まし合い、感動を分かち合った仲間たちの存在は、あなたの人生を確実に豊かにしています。

利害関係のない純粋な友人関係

「推しがいなくなったら関係が切れる」と思うかもしれませんが、本当に気の合う友人であれば、推し活という枠を超えて、一生の付き合いになることも珍しくありません。大人になってから、利害関係抜きで本音を語り合える友人と出会える機会はそう多くありません。推し活がきっかけで出会った友人と、今は全く別の趣味を楽しんだり、お互いの人生相談をし合ったりしている人はたくさんいます。

記憶という財産は誰にも奪えない

また、ライブで感じたあの高揚感、涙が出るほど感動した瞬間、遠征先で食べた美味しいご飯、仲間と語り明かした夜。それらの思い出は、あなたの心の中に確実に刻まれています。形には残らなくても、心が震えるような感動を経験できたこと自体が、人生においては素晴らしい価値なのです。人生の最後に思い出すのは、貯金残高ではなく、こうした「心が動いた瞬間」の記憶でしょう。辛い時にその思い出を振り返ることで、再び前を向く力が湧いてくることもあるはずです。

推し活で何も残らないかは自分の行動次第

最終的に、推し活が「何も残らない虚しいもの」になるか、「人生を豊かにする素晴らしい経験」になるかは、あなた自身の受け取り方とこれからの行動次第です。過去に使ったお金や時間を悔やんでばかりいては、本当に「後悔」しか残りません。

受け身の消費から能動的な体験へ

大切なのは、推し活を「自分の人生の主役」にしないことです。あくまで主役は「あなた自身」であり、推し活はその人生をより輝かせるための「スパイス」や「BGM」であるべきです。推しのために生きるのではなく、自分の人生を生きる中で、推しに応援歌を歌ってもらう。そんな関係性が理想です。自分が幸せで、生活が充実していて初めて、推しを心から、長く応援することができます。

未来の自分が笑顔でいられる選択を

もし今、「何も残らない」と悩んでいるなら、それは新しいステージに進むためのチャンスかもしれません。推し活のスタイルを見直すもよし、少し距離を置いて新しい世界に飛び込むもよし。あなたが笑顔でいられる選択こそが、正解なのです。「あの時は楽しかったな」「あの経験があったから今の自分がいるな」と、いつか笑って振り返れる日が来るように、まずは今の自分の気持ちを大切にしてあげてください。何も残らないなんてことはありません。あなたの中には、確かに情熱を注いだ日々という「軌跡」が残っているのですから。

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