こんにちは。Merch Life(マーチライフ)、運営者の「つむぎ」です。
大好きなアイドルやキャラクターを応援する推し活は毎日を彩る素晴らしい趣味ですが、ふとした瞬間に自分の年齢や周囲の視線が気になり、推し活をしている自分が恥ずかしいと感じてしまうことはありませんか。職場や学校で趣味を隠すことに必死になったり、家族や友人に引かれるのではないかと不安になったりする心理は、実は多くの人が抱えている悩みです。
世間一般のイメージや、いい歳をして夢中になることへの罪悪感から、素直に楽しめないという声もよく耳にします。でも、推し活に年齢制限はありませんし、誰かの目を気にして自分の好きという気持ちを押し殺す必要はないのです。この記事では、なぜ恥ずかしさを感じてしまうのかという心のメカニズムや、周囲とうまく付き合いながら自分らしく楽しむためのヒントについて、私なりの視点でお話ししていきたいと思います。
- 推し活を恥ずかしいと感じてしまう心理的な原因や背景
- 年齢やライフステージの変化に伴う推し活への葛藤と解決策
- 職場や家族にバレずに楽しむための具体的な工夫やSNS活用術
- 罪悪感を手放して自分らしい推し活ライフを満喫するためのマインド
推し活が恥ずかしいと感じる主な心理
「推し活」という言葉がこれだけ世の中に浸透し、テレビや雑誌でも特集が組まれるようになった今でも、やはり心のどこかで「恥ずかしい」「後ろめたい」と感じてしまう瞬間はなくなりませんよね。堂々とバッグに缶バッジをつけている人を見て「すごいな、私にはできないな」と羨ましく思ったり、職場で推しの話題が出た瞬間にさっと身を引いてしまったり。まずは、私たちがなぜそう感じてしまうのか、その複雑な心理的な背景や具体的なシチュエーションについて、少し深掘りして考えてみたいと思います。
推し活を恥ずかしいと思う理由とは
自分がこれほどまでに熱中し、愛を注いでいる推し活を、なぜ他人の前では「恥ずかしいもの」として隠そうとしてしまうのでしょうか。その根底には、自分自身が持っている「こうあるべき」という理想の大人像と、現在の自分とのギャップがあるように思います。
例えば、社会的には「落ち着いた大人」「常識ある社会人」として振る舞っているのに、ひとたび推しのライブ映像を見れば、テレビの前で黄色い声援を送ったり、グッズを買い集めてニヤニヤしたりしてしまう自分。この「理性を失っているような自分」と「普段の真面目な自分」との落差に、自分自身が一番戸惑っているのかもしれません。「こんな姿、誰にも見せられない!」「もし見られたら人格を疑われる」という恐怖心が、恥ずかしさの正体の一つではないでしょうか。
「オタク」への古い固定観念
また、私たちの中には、過去に「オタク」という言葉がネガティブに使われていた時代の記憶が残っていることも影響しているかもしれません。かつては「暗い」「現実逃避」「ダサい」といったマイナスイメージとセットで語られることが多かったオタク文化。今の若い世代には「推し活=キラキラした素敵な趣味」という認識が広まっていますが、ある程度の年齢以上の世代にとっては、どれだけブームになろうとも心のどこかで「日陰の趣味」という感覚が拭いきれないことがあります。
「普通の人はもっと現実的な趣味を持っているはずだ」「アニメやアイドルに夢中になるのは子供だけだ」といった、誰が決めたわけでもない”世間の常識”という亡霊に囚われてしまっているのです。
ここが心理的なハードル
「他人がどう思うか」以上に、「自分が自分をどう評価しているか」が恥ずかしさに大きく影響しています。自分の情熱を「子供っぽい」「理性を失っている」とジャッジしてしまうことが、恥ずかしさを増幅させているのです。
さらに、推しの対象がアイドルやアニメキャラクター、2.5次元俳優など、一般的に「若い子が好きなもの」とされるジャンルである場合、「この歳でこれを好きでいるのはおかしいのではないか?」というバイアスが自分自身にかかってしまいます。「好き」という純粋な気持ちに、理屈でブレーキをかけてしまっている状態ですね。自分を客観視しすぎるあまり、楽しむことへの許可を自分に出せていない状態とも言えるでしょう。
いい歳して推し活は痛い?年齢の悩み
「いい歳をしてアイドルにお金を使うなんて」「おばさん(おじさん)が若い子に交じってライブに行くなんて痛いと思われないかな…」
年齢に関する悩みは、推し活において最も深く、そして多くの人が直面する悩みの一つと言っても過言ではありません。特に、20代後半から30代、40代と年齢を重ね、周囲が結婚や出産、昇進など、ライフステージの変化を迎えるタイミングで、ふと我に返り「いつまでこれを続けていいんだろう」と急激に不安になることがあります。
世代を超えて広がる推し活
しかし、実際のところはどうでしょうか。ライブ会場やイベントに行けば、10代の学生さんから、50代、60代、それ以上の年代の方まで、本当に幅広い世代の方が目を輝かせて参加しています。親子で同じグループを推している微笑ましい姿も見かけますし、定年後の趣味として推し活を全力で楽しんでいる方もたくさんいらっしゃいます。
私自身、現場で素敵なマダムのファンとお話ししたことがありますが、その方は「推しのおかげで更年期の辛い時期も乗り越えられたのよ!この子が私の元気の源なの」と本当に素敵な笑顔で話してくれました。その姿を見て、「痛い」などとは微塵も感じませんでしたし、むしろ「こんな風に歳を重ねたい」と憧れすら抱いたのを覚えています。
実際、公的な調査でも推し活が幅広い世代に浸透していることが明らかになっています。
推し活は全世代的な文化へ
消費者庁の調査によれば、10代後半から20代の若者だけでなく、幅広い年齢層において「推し」を持つ人が増えており、生活の楽しみや活力の源となっていることが示されています(出典:消費者庁『令和4年版消費者白書』)。もはや推し活は若者だけの特権ではなく、全世代に共通するライフスタイルの一部なのです。
それでも「痛い」と感じてしまうのは、世間のステレオタイプな「大人の女性・男性像」に自分を当てはめようとしすぎているからかもしれません。「大人はもっと現実的なことにお金を使うべき」「大人はもっと落ち着いた趣味を持つべき」といった固定観念が、自分の首を絞めてしまっているのです。
年齢を重ねることは、感性が鈍ることではありません。いくつになっても心がときめく対象があることは、脳を活性化させ、若々しさを保つ秘訣だと私は思います。「いい歳して」ではなく「いい歳だからこそ」、経済力や時間の使い方の自由度を活かして、スマートに推し活を楽しむことができるはずです。
家族や友達に言えない心理的な壁
一番身近な存在である家族や、学生時代からの友人にこそ、推し活のことを言えないというケースは非常に多いです。むしろ、関係が近いからこそ「言えない」というジレンマが生まれます。
「もし夫に推し活のことがバレたら、家計のことで文句を言われるかも」「親に言ったら、結婚はどうするのと小言を言われそう」「学生時代の友人に話したら、まだそんなことやってるのと呆れられるかも…」
親しい関係だからこそ、相手の価値観や性格もなんとなくわかってしまう分、「きっと理解してもらえないだろう」「否定されるに決まっている」と先回りして諦めてしまうんですよね。大切な人たちだからこそ、彼らに引かれたり、軽蔑されたりして傷つくのが怖いという強い防衛本能が働きます。
パートナーとの関係における悩み
特に、同棲中の恋人や配偶者との関係では、この問題は深刻になりがちです。休日にライブで遠征したいけれど、正直に言えず「友達と温泉旅行に行く」と嘘をついて出かける時のあの罪悪感…。リビングにポスターを貼りたいけれど、相手が嫌がるかもしれないと思ってクローゼットの奥深くにグッズを隠している時の窮屈さ。
推し活をしている時の自分は、ある意味で「一番自分らしい瞬間」なのに、それをパートナーに見せられないというのは、心のどこかで寂しさを感じるものです。「本当の自分を受け入れてもらえていない」という感覚にも繋がってしまいます。
隠し続けるストレスに注意
小さな嘘を重ねることは、自分自身のメンタルにじわじわと負荷をかけます。「バレないようにしなきゃ」と常に気を張っている状態は疲れますし、「本当の自分を見せられない」という孤独感は、意外と大きなストレスになるものです。
すべてをオープンにする必要はありませんが、隠すことに必死になりすぎて、家でリラックスできなくなってしまっては本末転倒です。家族や友人との関係性と、自分の趣味の領域をどう線引きするかは、多くの推し活女子・男子が頭を悩ませるポイントです。「否定はしないでほしいけど、一緒に楽しんでほしいわけでもない」という微妙な距離感を理解してもらうのは、なかなか難しいことかもしれません。
職場や学校で推し活を隠す人の実情
職場や学校という「公の場」では、推し活をひた隠しにしている人も少なくありません。これはいわゆる「擬態」と呼ばれるスキルですね。一般社会に溶け込み、オタクであることを悟られないように振る舞う、高度な処世術です。
職場では、仕事ができたり、真面目だったり、あるいはクールだったりと、それぞれの「キャラ」があると思います。推し活をしていることを明かすことで、そのイメージが崩れたり、偏見を持たれたりすることを恐れるのは当然の心理です。
「あいつ、仕事中にアイドルのこと考えてるんじゃないか?」「休みを取るのは全部ライブのためか」「あんなに真面目そうなのに、裏ではアイドルに貢いでるのか」などと、色眼鏡で見られることは避けたいですよね。特に、責任あるポストについている場合や、堅い職業に就いている場合はなおさらです。
徹底した「擬態」のテクニック
例えば、デスク周りには絶対に私物を置かない、スマホの待受画面は初期設定か無難な風景写真、有給休暇の申請理由は常に「私用」か「法事」。話題が休日の過ごし方になったら「Netflixを見てました」「ジムに行ってました」と当たり障りのない回答を用意しておく。こうして徹底して「一般人」を演じることで、社会的な信用を守ろうとする防衛策です。
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| 隠す派の心理 | オープン派の心理 |
|---|---|
| 仕事と趣味は完全に分けたい | 雑談のネタとして活用したい |
| 偏見を持たれるのが怖い | 同じ趣味の人を見つけたい |
| 有給の理由を詮索されたくない | 堂々と休みを取りたい |
| 「仕事ができない」の理由にされたくない | 推しのために仕事のモチベを上げたい |
| キャラ崩壊を防ぎたい | ありのままの自分でいたい |
ただ、最近は職場でカミングアウトすることで、意外なメリットが生まれるケースも聞きます。「推しのためにこの日は絶対定時で帰ります!」と宣言することでメリハリをつけて働けるようになったり、「推し休暇」を堂々と取れるようになったり。さらには、意外な上司や同僚と推しの話で盛り上がって、仕事上のコミュニケーションが円滑になったという話も。
環境や職場の雰囲気次第ではありますが、「隠す」ことが絶対の正解とも限らないのが難しいところですね。カミングアウトするかどうかは、自分の心地よさとリスクを天秤にかけて慎重に判断したいところです。
お金や時間を費やすことへの罪悪感
推し活には、どうしてもお金と時間がかかります。CDやDVDの購入、ライブのチケット代、遠征費、グッズ代、配信の投げ銭、コラボカフェの飲食代…。熱中すればするほど、出費は増えていきます。
ふと冷静になった時、通帳の残高を見て、「このお金があれば貯金できたのに」「将来のために使うべきお金だったのでは?」と、強烈な罪悪感に襲われることはありませんか。
特に、同世代の友人がマイホームを買ったり、子供の教育費をしっかりと貯めていたり、堅実に資産運用をしていたりする話を聞くと、「私はこんなに散財していていいのだろうか」「何も形に残らないものにお金を使ってしまっているのではないか」と焦りを感じてしまうものです。「推し活=浪費」という図式が頭から離れず、楽しむこと自体に罪の意識を持ってしまうのです。
「生産性」という呪い
また、時間に関しても同様です。休日は一日中推しの動画を見て終わってしまった、SNSをチェックしていたら何時間も経っていた。「もっと資格の勉強とか、部屋の片付けとか、有意義な時間の使い方があったはずなのに」と自分を責めてしまう。
「推し活は生産性がない」と思い込んでしまうことが、この罪悪感の根源です。しかし、本当にそうでしょうか? 推しを見て感動して涙を流したり、明日への活力を得たりすることは、心の健康にとって非常に重要なことです。
心の栄養補給は、明日を生きるための立派な生産活動だと私は思います。美味しいご飯を食べて幸せを感じるのと同じように、推し活にお金と時間を使って幸せを感じることは、人生を豊かにするための必要な投資なのです。もちろん、生活が破綻するほどのめり込むのは問題ですが、生活の範囲内で楽しむ分には、誰に咎められる筋合いもありません。
推し活が恥ずかしい気持ちの克服法
ここまで、私たちが推し活を恥ずかしいと感じてしまう心理的なメカニズムを見てきました。共感できる部分はありましたか? 「自分だけじゃないんだ」と思ってもらえたら嬉しいです。
ここからは、どうすればその恥ずかしさや罪悪感と折り合いをつけ、もっと自由に、自分らしく推し活を楽しめるようになるか、具体的な克服法や考え方のシフトチェンジについてお話しします。いきなり全てをオープンにする必要はありません。できることから少しずつ試してみてください。
自分の好きを肯定して自信を持つ
まず一番大切なのは、誰でもないあなた自身が、自分の「好き」という気持ちを認めてあげることです。ここがスタートラインです。
「いい歳してこんなことして」とか「無駄遣いばかりして」とか、自分自身に対して否定的な言葉を投げかけるのはもう終わりにしましょう。あなたが推しを見て「素敵だな」「かっこいいな」「尊いな」と感じるその感情は、紛れもなく本物で、とても純粋で、尊いものです。
大人になると、何かに無条件で熱中したり、心を揺さぶられたりする機会は減っていくものです。そんな中で、これほどまでに心を熱くできる対象に出会えたことは、それだけで素晴らしい才能であり、幸運なことなんです。趣味がなくて毎日がつまらない、休日はただ寝て過ごすだけ、と嘆く人も多い世の中で、推し活という情熱を持っているあなたは、実はとても輝いています。
自己肯定感を高める3つのステップ
- 感情の可視化: 推し活で得られた「元気」や「幸せ」「感動」を日記やメモに書き出してみる。どれだけ自分がポジティブな感情をもらっているかを確認します。
- 自分を褒める: 「推しのおかげで今週も仕事頑張れた、私えらい!」と、推し活をエネルギー源にしている自分を肯定します。
- 心の中で宣言: 「誰になんと言われようと、私はこれが好き!」と心の中で堂々と宣言する練習をします。
他人がどう思うかはコントロールできませんが、自分が自分をどう思うかは変えられます。「私は推し活を通じて人生を楽しんでいる」と胸を張ることができれば、不思議と周囲の目も気にならなくなっていくものです。自分の人生の主役はあなた自身ですから、あなたが楽しいと思うことが正解なのです。
SNSで同じ推し活仲間と繋がる
孤独感は、恥ずかしさを増幅させる大きな要因です。「こんなことしてるの、周りで私だけかも…」と思うと不安になりますが、世界は広いです。ネットの海には、あなたと同じような仲間が数え切れないほどいます。
SNS、特にTwitter(X)やInstagramを活用して、同じ推しを応援する仲間を探してみましょう。「#推し活」「#○○推し」などのハッシュタグはもちろん、「#大人推し活」「#ママ推し活」「#アラフォー推し活」など、自分の属性に近いタグで検索してみてください。
そこには、あなたと同じように「家族に隠れてグッズを買った」「職場でうっかり推しの話をしかけた」といったエピソードを笑い飛ばしている仲間がたくさんいます。「わかる!」「私もそう思ってた!」「その気持ち知ってる!」と共感し合える仲間ができると、心の重荷が一気に軽くなります。
「ひとりじゃない」という安心感
「みんな同じなんだ」と安心できる場所を持つことは、恥ずかしさを克服する上で最強の特効薬になります。リアルの世界では少数派かもしれませんが、ネットの世界ではあなたは決して少数派ではありません。
ただし、無理に積極的に交流したり、コメントを送ったりしなくても大丈夫です。見ているだけでも、「ああ、ここには私の居場所がある」と実感できるだけで十分な効果があります。もし気が合いそうな人がいれば、少しずつリプライを送ってみたり、DMで話してみたりして、濃い繋がりを作っていくのも楽しいでしょう。
専用アカウントで楽しむバレない対策
リアルな人間関係と推し活を切り離すことは、心の安定を守るために非常に有効な手段です。すべてを一つのSNSアカウントでやろうとするから無理が生じるのです。
家族や友人、職場の人が見ているFacebookやメインのInstagramアカウントで推しの話をしようとするから、「引かれるかも」「恥ずかしい」というブレーキがかかります。それなら、いっそのこと「推し活専用アカウント(趣味垢)」を作ってしまいましょう。
専用アカウントなら、アイコンもヘッダーも推しの画像にして、プロフィールも推しへの愛で埋め尽くしても誰にも文句は言われません。そこはあなただけの「聖域」であり、解放区です。誰に気兼ねすることなく、「尊い…!」と叫ぶことができます。
安全に楽しむアカウント運用のコツ
身バレがどうしても怖い場合は、鍵アカウント(非公開)にして、承認した信頼できるフォロワーとだけ交流するのがおすすめです。また、位置情報をオフにする、自宅周辺の写真は載せない、誕生日はぼかすなど、基本的なネットリテラシーを守れば、安心して本音を吐き出せる場所になります。
リアルの自分と、推し活をする自分。この二つを意識的に使い分けることで、「恥ずかしい」という感情をコントロールしやすくなります。職場ではキリッとした私、SNSでは推しにデレデレな私。そのギャップを楽しむくらいの余裕が持てるといいですね。「私には秘密の楽しみがあるんだぞ」と思うことで、日常のストレスに対する耐性も強くなるかもしれません。
恥ずかしさより勝る推し活の癒やし
恥ずかしさを感じた時や、ふと「私何やってるんだろう」と虚しくなった時は、改めて「推し活がもたらしてくれるメリット」に目を向けてみてください。
嫌なことがあって落ち込んだ日でも、推しの動画を見れば自然と笑顔になれる。週末にライブがあると思えば、理不尽な上司の小言も聞き流せる。推しが努力している姿を見て、自分もダイエットを始めたり、資格の勉強を始めたりするきっかけになった。そんなポジティブな変化が、あなたの生活にはたくさんあるはずです。
推し活は、単なる消費活動ではなく、メンタルヘルスを保つためのセルフケアでもあります。現代社会の過酷なストレスから心を守るためのシェルターのような役割を果たしてくれているのです。推しがいるから毎日が彩り豊かになり、生きる気力が湧いてくる。これは決して大袈裟なことではありません。
「恥ずかしい」というネガティブな感情よりも、「楽しい」「幸せ」「癒される」というポジティブな感情の総量の方が、圧倒的に多いはずです。その事実に気づけば、少しくらい恥ずかしくても「まあ、今の私が幸せならいいか!」「これが私の元気の源なんだから仕方ない!」と割り切れるようになります。恥ずかしさは、幸せの副作用みたいなものだと思えば、少し気が楽になりませんか?
推し活が恥ずかしい悩みを乗り越えよう
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。長々とお話ししてきましたが、推し活を恥ずかしいと感じること自体は、決して悪いことではありません。それはあなたが社会性を持ち、周囲への配慮ができる大人であるという証拠でもあります。
でも、その配慮が行き過ぎて、あなた自身の「好き」という大切な感情を押しつぶしてしまうのは本当にもったいないことです。一度きりの人生、他人の目を気にして縮こまって過ごすよりも、自分の心が躍ることに時間を使ったほうが絶対に楽しいはずです。
推し活のスタイルは人それぞれです。大々的にオープンにして仲間とワイワイ楽しむのも良し、誰にも言わずにひっそりと自分だけの宝物として楽しむのも良し。そこに正解はありません。大切なのは、あなたが心から笑顔になれるかどうか、それだけです。
年齢や環境に縛られず、自分の心がときめく瞬間を大切にしてください。あなたが推しを応援して目を輝かせている姿は、きっと誰かの目にも魅力的に、そして素敵に映るはずです。
これからも、周りの目は適度に気にしつつ(笑)、でも心の中では全力で、あなたらしい推し活ライフを楽しんでいきましょう! 私も、自分らしく推し活を続けていきたいと思います。



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